マリオ・リヴィオ著、千葉敏生訳、早川ノン・フィクション文庫、2017年2月刊
著者は、アメリカの著名な天体物理学者です。宇宙望遠鏡科学研究所の科学部門長として、宇宙の膨張、ブラックホール、知的生命の起源などに広い関心を持ち、主な著書では、「黄金比はすべてを美しくするか」、「神は数学者か?」(ともに早川書房)などがあります。
本書では「天才たちの偉大な失敗」について、その理由を克明に追究し、過ちがもたらした発見が、のちに飛躍的な進歩につながったことを、5人の例を挙げて考察しています。
それはかのダーウィン、物理学者のケルヴィン卿、化学者ボーリング、天体物理学者のホイル、そしてアインシュタインで、その過ちを通じて、各人の伝記にもなっていました。
ダーウィンの「種の起源」が出版されたのは、1859年のことです。その衝撃的理論の核心は「自然選択」でした。ダーウィンの考えでは、特定の種にあっても、個体はみな同一ではない。過酷な環境のもとでは、対応能力に優位性を持つものが現れ、もしその優位性が子孫に遺伝可能と仮定するなら、次第にその個体群は少しずつ環境に適応してゆくだろうとしたのです。しかしダーウィンは、この時点ではまだ、両親の特徴が、ペンキを混ぜ合わせるように融合して伝えられるという、当時の融合説に捉われていました。融合説では、祖先からの遺伝は、一世代ごとに半分になります。突然変異でも、この薄まりを繰り返せば優位性は消えてしまうことを、彼は理論上完全に見落としていたのです。メンデルが明らかにした現代の遺伝学の理論では、融合説とは逆に、遺伝子は個別に存在し、次の世代に変わらずに受け継がれることを、実験的にも見事に証明しました。自然選択論は、この理論で完全に説明できたのに、ダーウィンはメンデルの論文を読みながら、その確率論的な理論を十分理解できませんでした。一方メンデルは、早くから進化論を認めていましたが、司祭という立場上、極めて慎重でした。集団遺伝学の数学的理論の確立には、なお時間が必要だったのです。
著名な化学者ボーリングは1950年、カリフォルニア工科大学で初めてタンパク質の3次元構造モデル「αヘリックス」を発表しました。カゼで寝込んだベッドで生まれたこのアイデアは、分子生物学の世界を一挙に開いたのです。ボーリングは、さらにDNAの構造解明に取り組みました。しかしDNAが遺伝物質であるとは、よく理解していませんでした。タンパク質の成功をもとに、まずは3重らせん構造モデルで自信をもって発表しました。
当時はイギリスで、すでにDNA構造解明競争が始まっていました。ケンブリッジでX線解析を学んでいた35才のワトソンは、23才の物理学者クリックと出会い、すぐに意気投合してDNAと取り組みました。一番警戒したのは、ボーリングの3重らせんモデルでしたが、論文を取り寄せてみると、そこには重大な誤りがあることを発見しました。ボーリングはDNAの酸性を全く見落として、モデルを構築していたのです。これは願ってもないチャンスでした。ワトソンとクリックは数週間のうちに、かの有名な「2重らせん構造」に辿りつきます。1953年に「ネイチャー」に発表した論文はごく短く、僅か1ページ余りでした。
後の3人は、いずれも著者の専門領域の天才たちで、宇宙の進化について、理論と観測事実とのはざまでの大胆な仮説は、一部の過ちを超えて偉大な足跡を残していました。「了」
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